ファンを作る、はファンになる感覚から
ファンを作る、はファンになる感覚から
3月は誕生月。
毎年、クーポンが届く。
それを殆ど利用した事がない。
一度でも利用した事があるショップだから、好きなのは間違いない。
ただ、私が「自分が誕生日だから」「お得だから」というのを購買のきっかけにしないだけだ。
同じ理由でスタンプカードなども全てお断りしている。
たとえ週に1回はかならず行っているお店であっても、だ。
モチベーションにならないので、あってもなくても行くわけです。
そして財布はパンパンになるのも無理。
私は整理整頓が苦手なので、多くのものをもては持つほどしんどくなる。
今は、スマホに送られてくるのが楽だ。
必要なければ、無視をすればいい。
たまたま行った時にクーポンがあったから使う、程度だ。
先日、あるオンラインショップからのクーポンは使いたいと思った。
これをきっかけにしたいと思った。
「ファクトリエ」という国内の産業を応援している。その企業から誕生日クーポンが届いた。そこに、社員の集合写真付きだったのだ。
本当にお祝いされた気分になった。
オンラインショップだから、その集合写真に写る人物のことは知らない。
実際に知っているのは社長の顔だけだ。
なのに嬉しくなった。
前に気になった白いシャツを買いに行こうとサイトにアクセスした。
誕生日当日には、社長直筆のお祝いの言葉の画像が送られてくる。
中身は個別対応のものではない。
登録してある誕生日の日に勝手に送られるよう設定してあるものだろう。
メーリングリストが来るのとさほど変わらない。
にもかかわらず、感激してしまう。
いくらオンラインに変わったといっても、企業と、顧客は人と人だ。
こうした積み重ねで、企業の社員まで丸ごとファンになって応援したくなってしまうのかもしれない。
私は、出会った営業や、行ったサロンからお礼状が届いても何も響かない。
義務で書いているのが伝わるからだ。
特に1回しか会っておらず、その内容もピンと来ていない時など、書いてある内容も誰が書いたのか?と思うような、誰でも書ける内容だったりする。
邪魔になって捨てる。
そんな自分の感じ方をする人が他にもいると思うと、怖くなる。だから、紙のお礼状を書くのに抵抗がある。迷って結局、書かない事が多い。
今年の誕生日の出来事で、お礼状も良いな、と感じた。
普段書くSNSやブログの文章も同じだなと感じる。
誰にでも当てはまる一般論で、特に専門性のない人が書いていても変わらない内容を書いていたら、私のところに来た即ゴミ箱行きのはがきと一緒だ。
いつも誰か宛に書いているつもりで書く。
どこかで「守り」が邪魔をする事がある。
こう書いて誤解されないか?
こう捉える人がいるのではないか?
こねくり回した文章は、後から読むと、自分で気持ちが悪い。
もちろん、公に出すものだから、誹謗中傷や、酷い表現は良くないが、「伝えたい!」
と思って書き上げた文章の方が、反応もある気がする。
アップした次の日になって誤字脱字を直すことも多い訳だが。
誕生日クーポンのおかげで、ファン度合いが進化する感覚があった。
これを大切に、未来のお客様に向けても発信していく。
ファンを作りたい。
有名人でもないのに、ファンなんてつくのか?
友達にはなれても、ファンは難しい。
そんな風に長年考えていた。
それでも、発信していくしかない、と思ってただ好きに発信していた。
誰かの役に立ちそうなもの、習慣、などを。
これからはあの誕生日のメールを意識して、感激してもらえることを考えていきたい。
これからの1年もまだまだ成長していく気満々だ。